楽しい魔法使いは、いつも自分が消えてしまう 「みんなの彼女」から学んだこと

網走湖の水芭蕉

画像は網走湖の水芭蕉です。

私が20代前半のころある組織に所属していた頃に出会った
ある女性とのエピソードです。

「彼女って、本当に面白いよね」
そう口にしたのは、私だけじゃなかった。

いつでも笑顔で、
関西ナマリで誰にでも声をかける。
広末涼子を思わせる透明感に
もっとも印象的だったのは、その笑いのセンスだった。
どんな場面でも、彼女がひとこと何かを言えば、
場がふわっとほどけて、
みんながつられて笑ってしまう。
「笑わせる」んじゃなくて、
「笑いが湧く」という感じだった。
本人にそのつもりがあるのかどうかも分からない、
まるで魔法のような人だった。

「友達の多い人ランキング”」があったら、
間違いなく上位。

だけど私はその頃から少しだけ違和感があった。

彼女って、みんなのものみたいで、
誰のものでもないなって。

一緒にいて楽しくて、
腹筋がピクピク痛くなるくらい
涙が出るほど笑う日もあった。
本当に楽しい人。

でも、話している最中に誰か知り合いが通りかかると、
「おーーっ！元気〜〜〜！っ」と声を上げ、
パタパタとそちらに駆けて行ってしまう。

話の続きを待つ私の存在は、
いつの間にかすっかり置き去りにされていた。

完全なる放置プレイ。

彼女は、誰に対しても優しく、
誰に対してもフレンドリーでした。
だけどその「誰にでも」という曖昧さが、
舞台の上で次々に相手役を変える女優のように
時に人を寂しくさせるのだと
若かった私はその時、初めて知ったのです。

歳を重ねた今の私だったら
『はいはいどうも、仕事がありますので失礼します。』と全然気にしないけど。笑。

放置された私は、
止まったセリフを胸にしまい込むだけだった。

彼女との会話は、
誰とでも仲良くなれるけれど、
誰とも“続かない”のは
きっと話の途中でいつも誰かのほうへ行ってしまうから。と思ってた。

人たらし。
社交的。
八方美人。
誰とでも仲良くできる。

そんなふうに言われていたけれど、
それはきっと、「誰にも深く踏み込まれない」という
無意識の距離感の技術だったのかもしれない。

後に彼女は、とても素敵な男性と結婚をしました。

聡明で、穏やかで、
彼女のどんな話にも笑って耳を傾けてくれるような人だった。

私は心から彼女の幸せを喜んだのを覚えています。

でも、その結婚も長く続かなかった。

彼にとって彼女の最大の魅力である
あの誰にでもの明るさが、
今度は誰に対しても中途半端に映ったのかもしれない。

気づけば、彼は浮気をし
彼女の元を離れていった。
あとから聞いた話では、
彼の方から「きみは、どこにもいない」と言ったのだとか。

彼女の“誰にでも向ける笑顔”が、
結局“誰にも向いていなかった”ことを、
最も近くにいた彼が見抜いてしまったのかもしれない。

友人の多さは、愛されている証ではなく、
寂しさを散らすための街路灯だったのかもしれない。

いつも賑やかで、いつも輪の中心にいるようで、
実は自分の心の中に誰も入れないまま、
ふわりとその場を移動していく彼女。

私は今でも、彼女のことが好きだ。

あの魔法のような笑わせ方や、
あの突然の「置いてけぼり」も、
すべてひっくるめて、記憶の中の彼女は、
どこか儚く、美しいまま36年たった今でも
私の中にキラキラと存在している。

だから、こんなブログネタにまでして書いているのです。

そして私は学んだのです。

彼女から
「好かれる人」よりも、
「ちゃんと向き合える人」になろうと。

たくさんの人に囲まれるよりも、
たった一人と深く繋がれることのほうが、
人生をあたたかく照らすと知ったから。

いま私は、夫とふたりで小さなビストロを営んでいます。
店では、料理の仕上がりや
会計、
別テーブルからのお声がけなど、
お客様との会話を
中断せざるを得ないことが、
日常茶飯事です。

でも、そんな時ふと彼女の姿がよぎります。

あの頃、話の途中で突然置いていかれた、あの感覚。

それは若い私にとって、少しだけ寂しく、
少しだけ悲しい出来事でした。

だからこそ私は、たとえ忙しくても、
必ず話の続きを届けにその方の元へ戻るようにしています。

「さっきのお話、途中でしたよね」と。

そのたった一言が、目の前の誰かの心に残ることを、
私は彼女から教えてもらったから。

思えば、あのときの「置いていかれた時間」があったからこそ、
今の私には「戻るという選択」があるのです。

彼女は、私の人生において、
「心を結ぶということ」の大切さを、
体験として教えてくれた人でした。

それは、決して教科書では学べない、深くて大きな贈り物。
派手ではないけれど、ずっと私の中で静かに息づいている、
かけがえのない「ギフト」です。

彼女がくれたギフトは、今日もビストロの一角で、
小さな奇跡を生み続けています。
そして私はその度に、彼女のことを、そっと思い出すのです。

笑いの魔法使いは、
今日もどこかで誰かを笑わせているのかもしれないなぁ。
でも、願わくば
今はもう、
自分をすり減らすような笑顔じゃないことを。
そしてもう、
誰かとの会話の途中で消えてしまわないことを。
静かに、そう願っています。

愛を込めて
親愛なる彼女へ
madam悠華