声にならないコーラスが、私の奥に触れた日

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歌われなかったものたちによるコーラス

 

先日のお休みに、久しぶりに知床自然センターへ足を運びました。
「とりどり」という合同作品展が開催されていました。

 

たくさんの作品が並ぶ中で、ふと足が止まったのが
端切れの布で作られた作品でした。

 

派手さはないのに、なぜかとても気になる。
気づいたら、もう一度見ている。

 

引き出しの中に詰められた、色とりどりの布切れ。
それぞれに温度があって、どこか懐かしい気配をまとっている。

タイトルは
「歌われなかったものたちによるコーラス」

この言葉に、すべてを持っていかれました。

不思議でした。

 

本当は誰かに選ばれるはずだったもの。
形になるはずだったもの。
でも、そうならなかったものたち。

 

完成しなかった、途中のままの存在。

 

 

けれど、それらは決してなかったことにはなっていない。
こうして静かに、ここにある。

 

声にならなかっただけで、消えたわけではない。

 

 

そのさりげなさが、とても心に残りました。

 

 

強く訴えかけてくるわけでもなく、
説明してくるわけでもない。

 

ただ、そこにある。

でもその「ただそこにある」という在り方が、
不思議とこちらの奥に触れてくるのです。

 

長く生きていると、
表に出なかったものや、
選ばれなかったものに出会うことがあります。

 

 

「表に出ているものだけがすべてじゃない」
そんなことも、いつの間にか知っている。

 

でも、それは価値がなかったわけではない。

 

タイミングや、巡り合わせ、
ほんの少しのズレで、
表に出ることがなかっただけ。

 

 

華やかに見える裏にあるもの。
誰にも気づかれない想い。

 

 

この作品は、そんな存在たちに
そっと居場所を与えているように感じました。

 

そして気づくのです。

これはどこか、自分の中にもあるものだと。

 

声にしなかった言葉。
選ばなかった道。
形にしなかった想い。

 

この作品ではそれらが捨てられることなく、
ひとつの「コーラス」として集められている。

 

個別の布としては端切れでも、
重なり合うことで新しい調和が生まれている。

 

この作品は、それを否定せず、
「それでもいい」と言ってくれているようでした。

 

派手ではないけれど、あとからじわっと残る。

 

そんな作品に出会えたことが、
なんだか少し、うれしくなった一日でした。

 

 

今日もありがとう

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