






肉を「寝かせる」なんて言うと、
聞こえは優しいけれど、
実際には、けっこう根気と覚悟がいる。
北十勝の短角牛。
その赤身と脂が織りなす芸術のような塊に向き合いながら、
毎日、黙々と「時間」という
調味料をまぶしているのが、うちの料理人。
特別なことはしないけど、
特別な仕上がりになる。
それはきっと、
彼のクセのない執念のせいだと思っている。
厨房の奥。
決して声高には語られない熟成庫で、
今日もひと塊の肉に、
ゆっくりと熟成の時間が流れている。
フーディーたちの歓声のその前に
じっと静かに待つ肉の姿は、
どこかワインの熟成と似ている。
道産短角牛のヒレとサーロインの肉の塊と、
黙々と向き合う男の背中。
それは、madam私しか知らない世界だ。
よく喋る男だけど、手もよく動く男だ。笑
パチンコも女遊びもゴルフも釣りも、
これといった趣味はない。
彼は、派手なことをしない。
インスタ映えもしないし、
絵画のような盛り付けにも興味がない。
ただただ、
「美味しい」ということにだけ、妥協しない。
それだけ。
静かに、黙々と、温度と時間と湿度を管理して、
牛肉を「熟成」という名の眠りに誘っていく。
肉のかたまりを、
まるで恋文でも書くように丁寧に扱っているのを見ると、
「その情熱を、もっと私に…」と一瞬よぎるが、
そのまま放置で全てうまくいく。笑
いつも作業してる姿を見て思うのは、
熟成させているのは肉ではなく、
むしろ彼自身なのでは?
そんな錯覚すら覚えるような時間が、
店の静けさの中に確かに存在している。
ふと、サザンオールスターズのことが頭をよぎった。
桑田佳祐さんがあんなに輝くのは、
横で音を支える
原由子さんの存在があるからだと
私は思っている。
華やかに前に出る人には、
必ず、静かに支える人がいる。
で、うちの店でいえば?
私は原由子ポジションか?
いや、それは微妙・・・。
私は「マダム」として、表に立つことも多いけれど、
本当の意味でこの店を支えているのは、
厨房で肉を見つめ、季節を読み、
日々淡々と仕込みを続ける、その姿だ。
そして、私がこうして書き、
伝え、整えていられるのもまた、
彼の確かな手仕事が、
この店の背骨になっているからなのだから。
熟成庫の前で黙々と作業するその姿を見ながら、
私は心の中でひそかに夫を「アーティスト」と呼んでいる。
桑田さんのようなアーティストは、
歌えば一度に何万人も感動の渦に巻き込める。
でも料理人の全力で作った一皿は、
たったひとりの人にしか感動を届けられない。
けれどその料理は、
「また食べたい!」という感情を生み、
どんなに遠くからでも、這ってでもやって来るような力を持っている。
その一皿のために、旅費を稼ぎ、
飛行機に乗って、宿を予約して、命かけて味わいに来る。
そんな人たちを私は、目の前で何度も見てきた。
だから今日も、特別なことは書かない。
ただ、目立たない熟成庫の前で、
黙々と作業する人がいる。
その“見えない時間”こそが、
La Campanellaの味を、そっと支えているのだと、
それだけはちゃんと記しておきたかった。
madam悠華
マダムの格言
「音楽が耳に残るように、料理は舌に残る。だから人は、もう一度その料理に会いに来る。」
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